高級ブランド エルメスで一番高いバッグ、バーキン30 ヒマラヤ HERMES Birkin Himalaya

エルメス(HERMES)

エルメス(HERMES)

ティエリ・エルメスが1837年にパリに開いた高級馬具店がエルメス(HERMÈS)ブランドの始まりです。ナポレオン3世やロシア皇帝などを顧客として発展していきます。

エルメスのロゴには馬具工房に由来するデュックとタイガーがロゴに描かれています。デュックは四輪馬車で、タイガーは従者のこと。主人が描かれていないのは「エルメスは最高の品質の馬車を用意しますが、それを御すのはお客様ご自身です」という意味が込められているためです。

その後、3代目のエミール・モーリス・エルメスは馬車の衰退を予見して、鞄や財布などの皮革製品、さらには腕時計や服飾品、スカーフ、香水などに事業を多角化。開発から生産・販売まで一貫して本社で管理し、選びぬかれた職人の技術によって、高い商品価値とブランドイメージを確立しています。

エルメス(HERMÈS) 年表

1837 初代ティエリ・エルメス(当時36歳)が高級馬具の製造アトリエをオープンする。場所はパリのマドレーヌ地区バス・デュ・ランパール通り。
1867 パリで開催された第2回万国博覧会で銀賞を受賞。(11年後の1878年万博では金賞を受賞)。
1880 2代目シャルル・エミール・エルメスが現在の本店所在地に店舗を移転。場所はエリゼ地域フォーブル・サントノーレ24番地。
1892 後のエルメス代表作にもなるケリーやバーキンの原型となる「オータクロア」を発表。
1902 アドルフ&エミール兄弟は社名を「エルメス兄弟社」と変更。
1903 3代目エミール・モーリス・エルメスが事業の多様化に乗り出す。自動車産業発展による馬車の衰退を予見し、女性用のバッグや財布の製造を開始。
1920 エルメスファスナーの特許を申請。初めてバッグにファスナーを使用する。
1923 「ブガッティ」を発表。後に「ボリード」と呼ばれるタイプのバッグ。
1926 本店でウィンドウ・ディスプレイを開始。ウィンドウ・ディスプレイの先駆者でもある。
1927 バッグや財布以外に腕時計の販売も始めます。
1929 ファスナー式の革製ブルゾン第1号を英国皇太子がお買い上げになりました。
1935 「オータクロア」を小振りにした「サック・ア・クロア 35cm」(後のケリー)を発表。
1937 スカーフの自社製造をスタート。最初の図柄は「オムニバスゲームと白い貴婦人」。
1945 商標「四輪馬車と従者」を登録、オレンジ色の包装紙を採用。モチーフとなったのはフランス人画家アルフレッド・ド・ドールのリトグラフ。
ナポレオン3世やロシア皇帝など、貴族御用達のブランドとして発展。
1947 香水部門を設立。
1951 4代目ローベル・デュマ・エルメス就任。3代目の娘婿だったロベールは、シルクスカーフと香水に力を入れます。
1956 モナコ公妃、グレース・ケリーが持っていたバッグ「サック・ア・クロア」を正式に「ケリー」と命名する。
1961 香水「カレーシュ」を発表。前は女性向けの優雅な馬車の名から。
1969 バッグ「コンスタンス」発表。故ケネディ大統領婦人だったジャクリーヌ・ケネディが愛用したことでも有名。
1973 ロンドンのシューズ・メーカーであるジョン・ロブのパリ支社がエルメス・グループに加入。
1976 カデナが目印になったエルメス時計「ケリー」を発表。
1978 5代目ジャン・ルイ・デュマ・エルメス就任。
「エヴリン」発表。
1979 スイスに「エルメス時計会社」を設立。本格的に時計分野に進出する。
1981 腕時計「クリッパー」が登場。
1984 ジェーン・バーキンのためのバッグ「バーキン」発表。
「オータクロア」をよりカジュアルにアレンジした。テーブル・ウエアの分野にも進出。
1986 英国エリザベス女王の生誕60周年記念の写真にエルメスのスカーフを着用したものが選ばれる。
1987 エルメス創立150周年を記念して「花火の夕べ」を開催。
1990 「フルーツライン」登場。
1992 パリ郊外のバンタン地区に皮革製品の新アトリエをオープンする。
1993 「ケリーアド」発表。腕時計では「ロケ」「H」「アーネ」を発表する。
1998 キャンバス地のトート「フールトゥ」を発表。2種類のスタイルが楽しめる「エールバッグ」を発表。
2000 ミレニアム記念「ケリードール」を発表。「エールバッグ」にPMサイズのコンビカラー追加。
ニューヨーク店限定で販売されたレインボーカラーのアイテムが話題を呼ぶ。
2001 6月28日、銀座に「メゾン・エルメス」がオープン。
2002 シンプルなトート「ドーヴィル」を発表。アイボ専用のキャリングバッグを発表。
2003 「ピコタン」を発表。
2004 フールトゥが新しいモデルへと変更。ガーデンパーティに新サイズが登場。
共同最高経営責任者(CEO)にパトリック・トマが就任。創業して以来初めて、一族以外が就任。
2005 横長のバーキン「ショルダーバーキン」を発表。
2006 「フルートゥ」「エールライン」といったカジュアルラインが生産中止になり、
「アカプルコ」「バルパライソ」などの、新しいカジュアルラインを発表。
2007 折り畳めるケリー「ケリー・フラット」、ポシェット・ケリーの横長「ポシェット・ケリーロング」と新型ケリーを多数発表。
2008 ヨウジヤマモトとコラボレーションしたバッグを発表。シンプルな斜め掛けバッグが新鮮と大好評。
2009 日本限定のバッグ「ピュールサングル」が発売。
2011 日本での旗艦店「メゾンエルメス(Maison Hermes)」を東京・銀座の晴海通り沿いにオープン。

幻のエルメス バーキン ヒマラヤ クロコダイル
20cm/25cm/30cm

エルメス最高級のバーキン30 ヒマラヤHERMES Birkin Himalaya

バーキンが生まれたきっかけは、1981年にバーキンさんがパリからロンドンに向かう飛行機の中で、当時エルメスの社長だったジャン=ルイ・デュマ氏(2010年に死去)と偶然に隣同士になったことから始まります。

後にバーキンさんはデイリー・テレグラフ紙に話しています。持っていた籠バッグの中身をぶちまけてしまったバーキンさんを見たデュマ氏が、「ポケットがいくつか付いているバッグがいいですよ」と話しかけてきたという。

相手が誰であるか知らないまま、バーキンさんは「いつかエルメスが、ポケット付きのバッグを作ってくれたら買うんですけど」と答えました。するとデュマ氏は、「私はエルメスの者です。あなたのためにポケットを付けてあげましょう」と言い、そして2人でエールフランスの機内にあったエチケット袋の余白に、バーキンさんにとっての理想のバッグのデザインをスケッチしたのです。

そんなエルメスのシンプルで上品でお洒落なバーキンはたちまち人気のバッグとなりました。その人気は発売以来おとろえることがありません。

そんな人気のバーキンですが、希少性から以前は存在すら知られることがなく、世界的なVIPですら入手が困難だったため、幻のバーキンと言われたエルメス最高峰モデルが存在するのです。

それが「エルメス バーキン ヒマラヤ クロコダイル 」です。見るからにラグジュアリーで他のバーキンとは比較にならないくらい存在感を放っています。

素材はエルメスがナイル川流域から厳選して取り寄せたクロコダイル。そのクロコダイルの中でもほんのわずかにしかとれない極めて上質なものだけを使用した、いわば究極の素材なのです。

そしてそのクロコダイルの素材を、地球上で最も標高の高い山々が連なるヒマラヤ山脈をイメージして美しく染色していきます。繊細なホワイトとベージュが、見るだけでヒマラヤ山脈に広がる広大な氷河と山肌へと誘います。

これ以上ないほどにエルメスの魅力が極限まで凝縮されたラグジュアリーバーキンです。

エルメスコレクターとしても知られる有名人でセレブの、ヴィクトリア・ベッカムが2009年のクリスマスにベッカムから送られたプレゼントも、『シルバーヒマラヤン』と呼ばれる『ヒマラヤ』のバッグだったそうです。


セレブしか持つことができないバーキン ヒマラヤはエルメス好きなら手に入れておきたい逸品。

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